Avermectinの生合成遺伝子群の解析

 エバーメクチンの生合成経路は各種変異株の取得や、中間体と思われる物質の変換能からほぼ全容を明かにすることができた。 しかし、これらの反応過程に関与する酵素はいくつ必要なのか、さらにそれらの酵素の遺伝子が生産菌の染色体上にどのように存在しているかは不明であった。
 我々は生産菌から種々な変異株(エバーメクチンの生成の過程のどこかが変異して、エバーメクチンを作れなくなった株) を掛け合わせ、得られた組換え体を解析することによって、エバーメクチン生合成に関与する遺伝子が染色体上でクラスター(束) を形成していることを推定し、さらに先のエバーメクチンを作れなくなった変異株を用いて生産菌の染色体DNAからエバーメクチン 生合成遺伝子の一部をクローニングした。それをもとに遺伝子ライブラリーから生合成に関わる全遺伝子領域およそ85 kbp (8万5千塩基対) がクローニングされるに至った。 さらにエバーメクチン生合成に関与する反応過程を明らかにするため、当時(1998)国内ではいまだ抗生物質生合成遺伝子クラスターの全塩基配列を決定するに至ってないことから、 上記の85 kbpのエバーメクチン生合成に関与する遺伝子領域の全塩基配列を解析した。塩基配列の解析の結果から、この領域には18個の遺伝子がコードされていることが判った。 19個の遺伝子(左からaveR, aveF, aveD, aveA1, aveA2, aveC, aveE, aveA3, aveA4, orf1, aveBI, aveBII, aveBIII, aveBIV, aveBV, aveBVI, aveBVII, aveBVIII, aveG) のうちの1つ(orf-1)は機能が不明であり、なおかつこの遺伝子を不活化してもエバーメクチンの生産には全く影響がないことから、 エバーメクチン生合成には18個の遺伝子が関与していることが明らかとなった。

Avermectin生合成遺伝子群
 ラクトン型ポリケチド化合物の生合成は、type I型のポリケチド合成酵素(複数の触媒ドメインがひとつのポリペプチドに存在する、いわゆる多機能ポリペプチド)によって達成されることが、エリスロマイシン生合成遺伝子の研究によって明らかにされた。 エバーメクチンの生合成遺伝子群にはtype Iポリケチド合成酵素の遺伝子が4つ存在し(aveA1, aveA2, aveA3, aveA4)、 それらの遺伝子産物であるポリケチド合成酵素(AVErmectin aglycone Synthase; AVES1, AVES2, AVES3, AVES4)によってエバーメクチンのアグリコン (6,8a-seco-6,8a-deoxy-5-oxoavermectin aglycone)が生成されるものと思われる。これらのポリケチド合成酵素遺伝子の遺伝子産物のアミノ酸配列の解析から、 それぞれの遺伝子産物の機能ドメインを推定することによって、エバーメクチンのアグリコンは12サイクル,40段階の反応によって生成するもとのと推定された。 なお、我々の一連の研究によって明らかにされたエバーメクチン生合成経路(およびそれらの遺伝子)は京都大学化学研のKEGGからも参照できます
Avermectinポリケチド合成酵素によるアグリコン部分の推定生合成経路
これは既に解析が報告されている抗菌マクロライド・エリスロマイシンのポリケチド合成酵素の2倍の大きさであり、またその反応段階もおよそ2倍であることから、 その反応過程の複雑さが理解できる。4種のポリケチド合成酵素によってアグリコン部分が形成された後、3種の遺伝子産物の酵素によって酸化的環化(フラン環形成; AveE)、 還元(カルボニル基→水酸基; AveF)、メチル化(AveD)といったアグリコンの修飾がなされ、さらに1種の糖結合酵素によってデオキシ糖であるオレアンドロース2個が順次結合し、 エバーメクチンが完成する。 なお、オレアンドロースの生成は同じく遺伝子解析の結果、グルコース-1-リン酸からおそらく7段階の反応によって生合成される経路を提唱することが出来た
オレアンドロースの生合成経路
これらのことを総合すると、エバーメクチンの生成は53段階の反応によって達成されるものと考えられる。

 以上の結果、微生物の持っているエバーメクチンをつくりだす”設計図”を得ることができた。さらに今後、この設計図に人為的な改良を施すことによって、いままで微生物が作り出せなかった有用物質を創製する新世代技術がまさに現実のものとなってきた。